calcite

「まったく、ひどい話さ」
 Fはめずらしく憤慨して言った。
 待ち合わせた場所まで来る途中、要領を得ず理不尽な扱いを受けている人を見た、という話だった。
 僕はそれを聞きながら、へえと思う。並んで歩くFをちらりと見た。
 Fはふだん冷静・公平をモットーとしているから、こんな風に誰かに肩入れするのはとても珍しいことだった。
 僕のそんな考えが顔に出ていたのか、Fはふと言葉を切って眉根をよせた。
「何だよ?」
「いや、ずいぶん同情的だなと思って」
 僕が素直にそう言うと、Fはますます険しい表情になる。不愉快きわまりない、という感じだ。
 が、すぐに力を抜いて何でもないような顔をする。
「そんな風に言われたくはないけれど……いいさ。たしかに今僕は同情的だったと思うよ」
 あまりにあっさりと言うので僕は意外に思う。
「素直だね」
 僕がそう言うと、くだらないことで意地を張りはしないさ、とFは少し笑った。
「たぶん、今僕は誰かに同情したい気分だったんだよ」
「何だい、それは」
「君にはそんな時はないか? 誰かをかばって助けたくなる時」
「……ないわけではない、かな」
 思案しながら慎重に答える。Fとこういう話をする時は、きちんと考えて受け答えをしなければ、自分でも気づかなかった気持ちの動きをFに解明され、見せつけられることになる。
 もっとも、そんなことになったって僕は気分が悪くなったりはしない。僕はFの聡明さを好いている。
「誰にだってそういう気持ちはあるんだ。何か、自分より弱いものを庇護したくなる時がね。
 僕は基本的には同情なんてものは嫌いだ。でも、何かを無性に助けたくなると思う時は、僕にだってある。それがたまたま今日の、ついさっきのことで、その時にちょうどよく自分より弱いものを見かけたというだけの話だ」
 Fは一気にそこまで話した。感情の入らない声。Fは、冷静でいるために自分の気持ちを過剰なまでにコントロールしようとする。
 自分や、周りの人間までもを解析しようとする。
 Fの話を聞きながら、僕には少し悲しい気持ちがおこる。
「同情だって、必ずしも悪いものでも鬱陶しいものでもないよ。そんな風に言い切るのは……」
 その先は続かなかった。
 悲しい、なんてFにむかって言うのはためらわれる。そんな感傷的な言葉じゃ、Fには届かない。
 けれど僕がこんな風に思っていることを、どうすれば理屈で伝えられるというのだろう。
「……君の言いたいことはわかるよ」
「え?」
「僕は感情を抑えたがるけれど、けして無感情なわけではないんだ」
 それがジレンマでもあるんだけど、とFは冗談めかして笑う。
「けれど僕にはまだこれが必要なんだ。このスタイルが。もう少し先にいったら、きっと今とは違う何かが見える」
 決まりきったことのように、Fは言う。
「すまないけれど、それまで僕はこのままだ。君にも嫌な思いをさせるね」
 Fは目を伏せて、困ったように微笑んだ。
 僕は一瞬、頭が熱くなるのを感じる。とても重い感情がわく。……まるで怒りのような。
「君は……!」
 足が止まった。咄嗟に声が出ていた。
 息が詰まって、僕は一度呼吸をしなおす。3歩ほど先にすすんだFが、立ち止まって驚いた顔を見せた。
「君はそんなことまで考えなくていい! 僕の気持ちなんて……僕は嫌だと思ったことなんかないんだ! 僕は君を気に入っているから一緒にいるんだ!」
 僕は熱くなった頭のまま、自分でもまとめられないことを口に出す。そうしながら、自分が本当に怒っていることに気づく。
「謝ったりして、僕の気持ちをみくびらないでくれ!」
 僕は、Fが余計な気遣いをしたことに怒っていた。Fが僕に嫌な思いをさせているなんて、そんな風に考えてほしくはなかった。
 そしてFがそんなことにまで気をまわしていることが、やはり僕には悲しいのだった。
「……ごめん」
 Fは驚いた顔のまま謝る。僕はまた、謝らなくていい、と怒った。そしてゆっくりと呼吸をして、自分を落ち着けた。
「僕は僕の意志で君といる。それは、こんな風に謝ったり謝られたりする関係とは違うんだと……僕は思っているんだ」
 僕の言葉は少しも要領を得ない。Fのように、整理された論理を展開させることはできない。
「君のようには上手く言えないけれど……」
 それでも聡明なFは、僕の言いたいことをわかってくれるはずだ。
 僕らはつまり、そんな風な関係なんだ。
「うん」
 Fは強く頷く。
「そうだ……そうだった。僕らには、謝るなんて安全装置は必要ないんだったね」
 お互いに笑みが浮かぶ。正解をみつけたFの目は穏やかだ。
「僕は僕で君は君なんだ。それを知ったうえでの僕らなんだ」


――――僕らはつまり、そんな関係なんだ。

20030313

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