白い花。ゆるやかな水の流れに、揺られている。
僕をこのところとらえているのは、そんなイメージだ。
幾重にもひらかれた白い花びらの気高い花。
澄みきった水の流れに揺られて、水底に花かげがついてゆく。
清らかで美しいヴィジョン。
それが、時を選ばず僕の意識を支配する。
白昼夢。
白い夏の昼の光の中で、僕は白い花の夢を見ている。
ゆらゆらと、流れる、白い、花――――。
きゅっと手を握られて、花の夢はぱちんとはじけた。
華奢な手が、僕の骨張った手をしっかりつかまえている。カコだ。
小さなつめが透明なピンク色にぬられてぴかぴかと光っていた。
同じピンク色の唇をひらく。
「信号」
僕よりも頭ふたつぶん背の低いカコが僕をみあげる。丸くて黒い目。
「青だよ」
うん、と僕は声にならない返事をして、カコの手をひいた。
移動しはじめた大量の人々にまぎれて、僕らも広い交差点をななめにわたる。カコはだまってついてくる。
ちらっとカコを見ると、顔をふせぎみにして歩いている。
黒い黒い長めの髪が、カコの横顔をかくしてしまっていた。
一歩前を歩いていた僕には、カコの顔が見えた。
交差点を横切って、人の邪魔にならないよう壁にそって立ち止まる。
「泣いてんの」
訊いたが、答えはない。カコはもう僕にも顔が見えないくらいうつむいてしまっていた。
「ばかだなあ」
細い肩を抱いてやりながら、僕はそう言って少し笑った。
カコは怖いと言う。
あの白い花の白昼夢に、僕がとらわれるのが怖いと言うのだった。
いつか、僕が花を求めてとこかへ行ってしまうのではないかと不安になっている。
あの気高い花。清らかなヴィジョン。
いっそ官能的なまでのあの聖性。
僕は確かにあれにとらわれている。手に入れたいとも思う。
けれど―――― 。
「大丈夫だよ」
なるべく優しく、僕は言った。カコはうなずいて、僕にしがみつくように抱きついた。
僕は心配いらないと言いながら、カコの頭をなでた。
頭のどこかで、やはり白い花が流れていた。
20030308