Star Fall

 いちばんぼし、ひかる。

*      *     *

 アサミを探して校内中走り回る。
 ここのところ委員会が忙しくて、アサミとゆっくり話す暇がなかった。アサミは妙にしっかりしているから、少しくらい会えなくても拗ねたり怒ったりはしない。でも寂しいとか、そういう感情がないわけじゃないから、俺が忙しい間はずっと我慢してることになる。アサミは我慢するのが上手い。
 そのあたりよく出来た人間だといつも思うけれど、本当は誉めたりしちゃいけないんだとわかっている。だから、今日みたいに突然で短いメールがアサミから届いたりすると、俺を体育祭の実行委員長なんかに推薦した奴らを恨みたくなる。
 委員会終わるまで待ってる、なんて。昨日まではそんなこと言わなかったのに。
「タカユキの性格からしたら、待ってられると仕事に集中できないよね。だから先に帰ってる」
 アサミは笑顔でそう言っていたのだ。ごめん、と謝ると、ユウちゃんと一緒に寄り道したりするから平気だよ、と笑っていた。
「ちゃんと仕事しなね、委員長」
 そう言いながらぽんぽんと叩かれた肩口がくすぐったくて、アサミの髪をかき回した。やめてよバカ、とアサミはまた笑った。
 アサミはいつも笑っていたのだ。我慢するのが上手いから、笑うのだって上手かった。
 それに甘えすぎているとは常々思っていた。俺はそんなに気の利く人間じゃないから、アサミに対しても多分フォロー不足な部分がたくさんある。でも、アサミはそんなことには気づかせないのだ。よく笑って、よくありがとうと言った。俺だけではなく、多分周りの人間のほとんどがアサミのそういうところに甘えて救われていると思う。
 それなら、誰がアサミを甘えさせて救えばいいんだ?
 短いメールを見たとき、そういう思いが頭をよぎった。
 今日は特にやっかいな仕事があるわけでもなかったので、後を後輩に任せ、俺は校内中を走り回った。
 図書室、音楽室、仲の良い教師の根城である社会準備室。アサミが行きそうな所をあらかた回ったが、見つからなくて途方に暮れる。本人に居場所を訊けば早いのだけれど、それはできない。どこにいる、なんて訊いたら、アサミはまた我慢して、謝って、帰ってしまう。
 自分一人で探し出さなければならないんだ。一度大きく呼吸をして、途方に暮れて止まっていた足をまた踏み出した。
 ふと思いついて保健室をのぞく。養護教諭は留守で、代わりにアサミの友人の川口ユウがいた。
「あれ、佐野君? 何してんの」
「川口こそ、何やってんの」
「保健委員の仕事だよ。歯磨きポスター作り。佐野君、実行委員の仕事あるんじゃないの? サボリ?」
「そうじゃないんだけどさ……」
 保健室の中を見回す。広い部屋でもないので、本当はぱっと見ればだいたい把握できるのだが。ベッド周りのカーテンも開け放されていて、誰もいなかった。
「何探してんの?」
 川口が訝しげな目をする。アサミの居場所を訊いたものか、俺は少し迷った。一人で探し出さなければという気持ちが、どうしてもあるからだ。
「いや……。あ、川口が今日仕事してるってことは、アサミどうした?」
 ふと思いついて当たり障りのないことを訊く。帰ったよ、とあっさりとした答えが返ってきた。
「仕事の邪魔になるから先帰るねって言って」
 俺を待っていることは、川口にも言っていないらしい。ということは、アサミは今、本当にたった一人で俺のことを待っているのだ。
「アサミ探してたの? 電話してみれば?」
「ああ、うん……。悪かったな、邪魔して」
「全然。佐野君もしっかり仕事しなよね」
 川口に曖昧に返事をして保健室を後にした。
 アサミが一人で待っている。俺の足は自然と急いだ。早く探し出してやりたい。
 しかし、予想のつく場所はたいてい探し尽くしてしまった。他に思い当たる場所は俺にはない。戻って川口にも協力してもらった方がいいのかもしれない。
 そう思いながら通りかかった教室の中にふと目が行く。引き戸が開いていて、人影が見えた。一人だけ、窓際の真ん中に座っている。夕日を直接浴びているその人影は、紛れもなくアサミだった。
 教室の入り口のプレートを見上げると、2年4組。去年、二人一緒にいた教室だ。
 ほっとしたのと同時に胸が詰まって、そっと教室に足を踏み入れた。椅子を窓の正面に据えて座り、ヘッドホンでMDを聴いているアサミは、入ってきた俺に気がつかない。俺はアサミの背中に近づいて、ぽんと頭に手を置いた。
「びっ……くりしたあ」
 びくりとアサミが振り向く。ヘッドホンをはずして俺を見上げた。
「なんだタカユキ、びっくりさせないでよ! 今本気で焦った!」
 MDを止めながらけらけらと笑う。が、すぐにしかめ面を作った。
「ていうか、なんでこんなとこにいるの? 委員会は?」
「アサミ探しに来たんだよ」
 こんなことを言ったら、多分アサミは自己嫌悪に陥るだろうと思いながら、正直に言う。アサミは、やはり顔を強ばらせた。
「えっ嘘……ごめん、邪魔になっちゃたんだ……。メールしとけば帰りに連絡くれるかなと思ってたんだけど……ごめんね」
 ばたばたとMDをカバンにしまって、椅子の位置をもとに戻す。帰るね、とカバンを持って行ってしまおうとする腕を掴んだ。
「待って」
 腕を掴む手と制止する声に振り向いたアサミは、少し泣きそうに見えた。
「ごめん、迷惑かけるつもりじゃなかたんだ。私が勝手に待ってただけだから……気にしないで仕事戻って。私、帰るから」
 なおも笑顔を浮かべ、しきりに謝るアサミに俺はたまらなくなる。あんなメールを送ってしまうほど我慢を続けてきて、川口もいないでたった一人、ずっと俺を待っていたくせに、アサミはまだ笑う。咄嗟に、迷惑じゃない、と言い返した。
「全然、迷惑とかじゃない。そうじゃなくて……もうちょっと待ってて。一緒に帰ろう」
 他に言いたいことも言ってやりたいこともあるのに、まとまらなくて俺はそれしか言えなかった。我慢するなとか無理するなとか、それを言うのは簡単だけど、言ったところでそれが効くとは思えない。多分アサミは、我慢も無理もしてないと言って笑うだけだ。
「仕事すぐに終わらせてくるからさ、一緒に帰ろう」
「でも……」
「俺が一緒に帰りたいんだよ」
 渋るアサミを遮って、そう言い放つ。アサミは驚いた顔をした。そして、俺自身も驚いていた。
 アサミが寂しいのを我慢していると、俺はそればかり考えてきたけれど……アサミとゆっくり話せない分、俺自身だって寂しかったのだ。
 どうして、そのことに気づかなかったのだろう。
 甘えたり甘えさせたり、救われたり救ったり、そういう関係は一方通行ではないのだ。どちらかが偏らないよう、今の俺達のようにバランス良くできているものなのだ。
 アサミの我慢の限界が、俺の我慢の限界であるという、今のように。
 アサミもそのことに気がついたのか、照れ隠しのような作り笑いをした。つられて俺も笑う。掴んでいた腕を放した。
「すぐ終わらせる。一緒に来て、待っててよ」
「うん。生徒会室に間借りしてるんだっけ?」
「そうそう」
 どちらからともなく手をつないで、2年4組の教室を出た。夕日は足が早く、廊下はもう薄暗くなってきている。
「急がないとな」
「だね。あ、手伝えることあったら言ってよ。私やる」
「うん」
 早く終わらせて一緒に帰ろう。口には出さなかったけれど、その気持ちは伝わったらしい。アサミは俺の手をきゅっと握って、照れ笑いをした。
 一番星が光る頃には、きっと二人で帰り道にいる。

20030802
「Star Fall」song by SUPERCAR/Futurama

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